希少疾患の日(RDD:Rare Disease Dayは、08年に欧州で始まり、毎年2月末日を中心に世界100ヵ国以上で行われている。ただ、米国では今年、食品医薬品局(FDA)と国立衛生研究所(NIH)が、2月27~28日に予定していたRDDイベントを“熟慮のすえ”延期した。今後数ヵ月以内に日程を再調整する予定というが、ロイターは、新政権下でFDAやNIHの職員が解雇されている中、現状では開催が困難になったと報じている。


 一方、日本では10年にRDD Japanが開始され、25年の公認イベントは全都道府県85ヵ所にまで拡がった。21年からは2月が希少がん啓発月間となったことから、両者を含めて2月を「希少疾患啓発月間」としている。そうした中で2月21日、日本希少疾患コンソーシアムは24年度年会を開催。『産患学官民で迫るドラッグ・ロスの核心~希少疾患の患者さんに新薬を届けるために~』をテーマに、多様なステークホルダーが湘南ヘルスイノベーションパーク(湘南アイパーク)に集い、生の声を届けるとともに、意見を交わした。そこで、全10講演の内容を整理し、前編では主催者と製薬産業界の4題を、後編では学・官・民・患の6題を取り上げる。



コモン疾患にもつながる希少疾患の知見


【RDCJ設立の経緯と趣旨】日本希少疾患コンソーシアム(Rare Disease Consortium Japan: RDC Japan, RDCJ)は「産患学官民の協働を核とし、患者さん中心の医療サービスや治療薬の研究開発推進を目指す独自の組織」だ。


 それぞれ開会と閉会の挨拶に立った青木吉嗣代表〔国立精神・神経医療センター(NCNP)遺伝子疾患治療研究部 部長〕や三木秀夫事務局長(C4U株式会社)によると、当初は数名で活動を開始し、19年に希少疾患カンファランスを発足。資金面でいちばん苦しんでいた時期に、藤本利夫氏(アイパークンスティチュート株式会社 代表取締役社長)と面談して趣旨を訴え、22年末に湘南アイパークからの資金援助を得たという。その後、23年からRDCJ設立に向けた活動を開始し、同7月に発足記念シンポジウムを開催。24年10月には、希少疾患の患者会、希少疾患の医療サービスや創薬に携わる(あるいは将来的に携わる意向がある)企業・団体・アカデミアおよび個人を対象に、会員募集を開始。25年2月の年会に至った。


 青木氏らNCNPチームは、日本医療研究開発機構(AMED)研究費や厚生労働科学研究費等の公的支援を受け、日本新薬との継続的な共同研究開発を経て、アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)・ビルトラルセン(NS-065/NCNP-01)を創製し、20年に製造販売承認を取得(販売名ビルテプソ)。根本治療がなかったデュシェンヌ型筋ジストロフィーに光明をもたらした。この経験から青木氏は「できないことはない!」との思いを強くした。また、「希少疾患の知見は必ずコモン・ディジーズに波及する」との信念から、RDCJを「すべてのステークホルダーが集う場にしたい」として、「希少疾患の今後に明るい未来を」の一言で締めくくった。

 

【ドラッグ・ロスの原因と課題】年会の冒頭、RDCJ監事でもある藤本氏は、23年に米国で上市された新規の希少疾患治療薬(以下、オーファン薬)16品目(がん以外)の一覧を提示し、生物学的製剤が9品目、新規モダリティが5品目、売上高5億ドル未満の中小バイオテク企業(EBP:Emerging BioPharma companies)による創製が8品目・上市が10品目(創製かつ上市は5品目)だったとの現状を紹介した。


 さらに、海外で開発されたオーファン薬が日本に入ってこない「ドラッグ・ロス」には、創薬エコシステムが未発達なために「国内企業が新薬を生み出せない」、日本市場に魅力がないために「海外企業が日本をスコープから外している」という2つの側面がある、と指摘。オーファン薬を日本にもたらすためには、「医療倫理と経済持続性の両者を解決する技術と規制・環境のイノベーションが必要」とし、特に「複数疾患への横展開可能なモダリティの開発(例:ASO、mRNA、CRISPER-Cas)」や「グローバル展開による患者数の増加(および、それを可能にする医療機関の連携)」が課題と述べた。「こうした変革を牽引するのは、患者を中心とした産官学民の連携」「その実現に向けて、RDCJ等を通して患者の声が現場に届いていくことが重要」と強調した。

 

【コモン・ディジーズの知見が希少疾患の病態解明の手がかりに】東京大学の教授として神経病理学分野をリードしてきた岩坪威氏(NCNP神経研究所所長、RDCJ上級顧問)は、『アルツハイマー病研究から稀少疾患へ』と題した特別講演で、コモン・ディジーズであるアルツハイマー病(AD)脳の不溶画分で見出したコラーゲンが神経発生の障害への理解にもつながったという四半世紀以上にわたる基礎研究での経験を紹介した。


 鍵となる物質は、もともとAD脳でCLAC-P(老人斑アミロイドを構成する新規タンパク質の前駆体)として同定されたcollagen XXV(25型コラーゲン、Col25a1)。成体では神経細胞のみに発現するが、胎生期には筋肉でも一時的に高い発現が見られる。Col25a1欠損マウスを用いた研究の結果、このコラーゲンが神経を筋肉内に呼び込み、軸索の発達に必須であることが示された。また、別の実験系で、運動ニューロンの軸索がCol25a1発現細胞上に誘引されること、Col25a1と結合して神経誘引に関わる分子が受容体型チロシン脱リン酸化酵素(PTPσ/δ Col25a1)であることを見出した。


 Col25a1こそが、長らく存在が予想されながら実体が不明であった筋肉由来の軸索発達促進因子であり、Col25a1遺伝子の変異が運動ニューロンとPTPσ/δとの結合を障害し、小児の希少疾患である先天性脳神経支配異常症(CCDD)の原因となることがわかってきた。


 筋肉の神経支配を制御する分子メカニズムの解明は、運動系の発生機構の理解に重要であるとともに、さまざまな神経筋疾患の理解や治療的応用につながる可能性が期待される。希少難病の分子機構の面白さと不思議さに感銘を受け、「すべての道は希少難病につながる」と実感したという。